【キャリア論】産学連携のジレンマ(解決編):共同研究の本質は"翻訳"にあり
こんにちは、nekoaceです。
今回は、前回に引き続き、産学連携、特に共同研究を成功させるコツについて話していきます。
はじめに
前回は、産学連携、特に共同研究を進めるにあたって、共同出願が鬼門になることが多いということについて書きました。企業にせよ大学にせよ国研にせよ、それぞれの組織の文化があり、外部発表に関する考え方が違います。まして共同出願となると組織内の様々な部署がかかわるので、二つの組織で方針をそろえるのが恐ろしく大変(というかほぼ無理)で、こうした調整仕事だけで数カ月の月日がかかるものです。
このように共同研究において、一つのゴールである外部発表を共同研究の最終目標に据えてしまうと、肝心の研究の足を引っ張り逆に成果があがりづらくなる、ということを産学連携のジレンマと表現しました。
今回は、このジレンマを乗り越えるために必要なことを書いていきます。
プロジェクトマネジメントとは
プロジェクトマネジメント、という言葉を聞いたことはあるでしょうか。数人、時には数十人、数百人といった多くの人間を動かすときにはプロジェクト全体を円滑に回すために必要となる技術の総称で、統括者をプロジェクトマネージャーなどと呼んだりして、欧米だと一般にまで広がっている考え方です。
プロジェクトマネジメントは、本質的には各メンバーの役割を明確に定義し、マネージャーが全体を調整し、統括していく仕事です。このプロジェクトマネジメント、基本的には欧米的な文化で使われるマネジメントの手法です。なんとなく欧米っぽさがありますよね?
このプロジェクトマネジメント、大型製品を扱う製造業では大昔から使われていますが、近年、共同研究の枠組みでもこのノウハウを注入した研究運営が一般化してきています。つまり、企業とアカデミアそれぞれの役割を明確に定義し、間に立つプロジェクトマネージャーが目標達成に向けて尽力していくスタイルです。
で、ここ大事なところですが、共同研究のスキームに欧米的なプロジェクトマネジメントの手法を組み込むとほぼ失敗するという話です。
上手くいかない共同研究
の例です。
例えば、大学の研究成果と企業の研究成果を持ち寄って成果物をやり取りし、共同で立てた目標を達成しようとするケース。図示すると以下のようになります。
これすごくプロジェクトマネジメント的です。双方それぞれ自分の研究分野がタスクとしてあって、それをこなした上でそれぞれの研究担当者が全体の目標に向かってやり取りするのです。
さて実際には何が起こるか。
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アカデミアはこの場合、基礎研究的な成果を出します。
「コレコレこういった条件でこうするとここの性能がこんなに上がります!」
企業の人はこう言います。
「素晴らしい成果ですね。それでは、〇〇という仕様値に当てはめるとどの程度になるでしょう?」
「そうですね、理論的にはこれこれこうなのでこれくらいになるはずです」
「それは画期的だ!では試してみましょう。」
〜試作機を使って試す〜
「思ったほど性能が上がりませんね。〇〇先生どうしてだと思われますか?」
「この条件で仕様値を出そうとするとコレコレこういう理由で性能が出ていないのかもしれません。この仕様は本当に必要なのでしょうか」
「うーん、弊社ではこれが慣例ですので、私だけではわかりかねます、、、」
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さて、試作機を作って実験してみた結果うまくいかなかった、ということはいくらでもあります。このようなプロセスを経てしまうと、相手方に対する信頼を失っていくか、研究期間の時間切れかで大抵事業にならずに終わります。
このときの問題はどこにあるのでしょうか。
1つ目には、それぞれの担当者が相手の成果を真に理解できていないからです。
企業側の担当者は、相手側の研究の内容をしっかり理解していなければいけません。だから、博士持ちの企業研究者が重要なのですが。
アカデミア側の担当者も製品の特徴と、出来ればビジネスまで理解した上でことに当たるべきでしょう。なかなかそういうことが出来る方が日本には少ないので、これは日本の課題です。だから、社会人経験のあるアカデミアの方が重要なのです。
2つ目には、担当者同士のコミュニケーションが圧倒的に足りていないのではないかと思います。試作にせよ、共同実験にせよ、時間もお金もかかります。仮にお互いの成果を深く理解できていないにしても滅茶苦茶 "密な" コミュニケーションを取っていれば、事前にうまく行かない可能性はかなり排除できます。共同で思考実験を繰り返す感じでしょうか。
上手くいく共同研究
次にうまくいくケースです。
これあくまで私の考えですが、二つの組織が連携するとき、特に数人程度のチームで連携するときには、この部分は企業、この部分はアカデミアと仕事を区切ってはいけません。
主担当者はきっと研究を成功させる熱意を持っているはずです。だから、研究目標は適当に上司に上げておいて、アカデミアの担当者とズブズブの関係を築いて、具体的な作業は主担当者間で圧倒的量をこなすのです!
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こんな感じです。
「〇〇先生!あの実験うまく行きました?」
「いやあ、いまいちですね。実験材料が足りなくなってしまって。」
「そうですか、分かりました。ちょっと会社から余ってるの持ってきますね。」
「ありがとうございます!明日発送でいいので。」
「いやいや、いいです、二時間後に持ってきますんで」
〜大学にて〜
「〇〇先生、持ってきましたよ」
「ありがとうございます」
「ほかに困っていることはありませんか?」
「実はこれこれのデータの解釈に困っていてご意見伺いたいのですが。」
「そうですね、研究としては素晴らしいと思うのですが、我々の製品に応用するにはもっとこういう実験が必要かもしれません。」
「なるほど。参考になります。」
「先生、ちょうど、私今日暇なので学生さんに実験方法も教えますよ。〇〇くーん、実験しようよ、、、あと先生、もしよければ今日の夜も一杯どうですか?」
「いつもありがとうございます。」
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こんな感じの関係が築けているならかなり成功確率は高いのでないかと思います。
重要なのは、企業側の担当者が
猛烈な熱意でもって大学に入り浸ること。必要以上に関わること。大学側の担当者や学生と個人的に良好な関係を築くこと。
図示するとこんな感じかと。
上でプロジェクトマネジメントにおいては、企業とアカデミアの役割を分割することが一般であると書きました。しかし、日本では違うのです。
日本は、組織自体がまだまだ組織間での役割分担に慣れていません。だからお互いの領分を区切ってしまうと、社内の至る所から軋轢が生まれうまくいきません。
共同研究というものは普通は数人のレベルで行うものです(研究ですから)。数人であればその強みは小さいチームゆえの敏捷さにあるはず。わざわざガチガチに固める必要がないのです。
だからこそ、私はできるだけグレーゾーンを取るべきだと思います。どちらの領分とも決めずにお互いに協力してことに当たる部分を多くする。
こうするときっと多くの方にこう言われます。
「それじゃあ、どちらが責任取るか曖昧になってうまくいかないよ」
だから、相手方の担当者と仲良くなるのです。
個人的にガンガン仲良くなって、相手方がどこに住んでいて、何に困っていて、もっと言うとどんな家族構成であるのかまで把握するのです。
そうなれば責任感も何もないでしょう。友人のためだから約束を守るんです。
そして、困難な課題には、二人の友人が手を取り合って解決するのです。
これが、特に日本における共同研究成功のコツだと思います。
共同研究の本質は”翻訳”にあり
最後に。私は共同研究という言い方があまり好きではありません。
一般にはアカデミアが研究したものを、企業が引き取り製品開発することが本来の共同研究のあるべき姿です。
共同研究の本質は、”研究”を”開発”に翻訳することにあると思っています。
そのためには、翻訳者が必要。何度も書いていますが、企業とアカデミアそれぞれで経験のある研究者が増えて、この翻訳者の役割を果たす方が増えるといいなあと思っています。
産学連携に関しては私自身思いが強く、記事数も増えてきました。また気が向いたら書きますのでどんな手段でもコメントいただけますと嬉しいです。
今日はひとまずこのへんで。
nekoace